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東京簡易裁判所 昭和44年(ろ)1157号 判決 1970年9月17日

被告人 土肥滋夫

昭四・三・一五生 自動車運転者

主文

被告人を罰金七千円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は自動車運送業者台東タクシー株式会社の従業者であつて、一般乗用旅客自動車により運送業務に従事している者であるが、右会社の業務に関し法定の除外事由がないのに、昭和四四年一二月一七日午後四時二〇分ころ、東京都台東区上野七丁目一番一号先道路において高橋準一からの運送の申込みに対し、その引受けを拒絶したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人らの主張に対する判断)

弁護人らは、道路運送車両法第四一条に基づく運輸省令第六七号「道路運送車両の保安基準」第八条には、自動車の動力伝達装置は運行に十分耐え得る性能を有しなければならない旨規定されているのに、本件自動車は判示当時、右性能を有しなかつたのであるから、道路運送法第一五条第六号所定の「やむを得ない事由による運送上の支障があるとき」に該当し、たとえ乗車を拒否しても同条違反にはならない、と主張する。

なるほど、本件発生の翌日、右自動車を点検調整したという証人松永弘介(自動車整備技術士)の供述によると、通称グロメツト(ギヤの選択を確実にする小さなゴム)の磨耗(約六割程度)のためチエンジレバーによる動力伝達装置の作動が不十分の状態にあつたことは、これを窺知し得られるが、同証人は右磨耗も早急に生じたものではなく、一、二か月くらい前からその影響が運転操作上に現われる筈であるが、運転者によつては特にこれを感じない場合もあり、職業運転者であれば二、三粁までなら、運転上危険はないとの見解を述べているのである。ところで、前掲「道路運送車両の保安基準」第八条が「自動車の動力伝達装置は運行に十分耐える性能を有しなければならない」と規定しているのは、要するに走行予定区間における自動車運行の完遂を期する趣意によるものと解すべく、従つて右性能の有無は走行すべき距離、道路および交通の状況等の諸条件を勘案したうえ、当該運行を全うし得るや否やを目途として判定するのが相当である。本件についてこれを見るに、証人高橋準一の供述によつて明らかなとおり、同人は国鉄上野駅公園口前道路に停車していた被告人に対し「池の端(または池の端の水族館のところ)まで行つてくれ」と申し込んだ(この点は被告人も争わない)のであつて、これを右諸条件に照らし勘案すれば、前記程度の性能不備をもつて、右目的地までの自動車の運行を全うし得ない場合に該当するものと断ずることはできない。このことは、(1)被告人がその際回送板も出しておらず(被告人は当公判廷において回送板を出していた旨強弁するけれども、前掲関係証拠と照合して―一般人もさることながら、特に警察官である高橋、束田両証人が空車板と回送板とを見違えるなどとは考えられないので――措信し得ない)、勤務会社と同方向の浅草方面に行くお客を待つていた事実(被告人の検察官および司法警察員に対する各供述調書)、(2)被告人も自認する如く高橋証人からの乗車申込みに対し、車の故障のことは全然告げなかつた事実、(3)現に被告人は当日午後二時に本件自動車を運転出庫してから、判示場所に到るまでに三七粁(その間の乗客計八人)を無事走行している事実(乗務詳細日報謄本の記載)に徴しても、容易に首肯し得るところである。それゆえ、右と異なる見地に立脚する弁護人らの主張は採用しない。

(法令の適用)

判示事実につき

道路運送法第一五条、第一三〇条第三号、第一三二条

労役場留置期間につき

刑法第一八条

訴訟費用の負担につき

刑事訴訟法第一八一条第一項本文

よつて主文のとおり判決する。

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